トップ >  学校紹介 >  講師の現場ストーリー > 中島悦子先生

中島先生H1

その年の「年長組み」は、みんな元気のいい子どもばかりでした。私の後ろを追いかけてきては飛びついたり、おんぶしてきたり。
ある日、一人の男の 子が高熱を出しました。お母さんは仕事を途中で切り上げ、急いで保育園に迎えに来てくれました。でもDくんはグッタリとしていつもの目の輝きもないので す。

中島先生2

「死ぬまでに一度、家に帰りたい」。

お父さんも駆けつけ、かかりつけの病院にいきましたが、夜になっ てもDくんの熱は下がりません。夜中になって熱性のけいれんが出て、救急車で当直の大きな病院に運びました。
朝を向かえ、有名な大学病院へ向かい ました。もうそのときのDくんは、いつものDくんではなくなっていました。菌が脳に入ってしまい、重度の障害が残る結果になってしまったのです。

そ して退院後、髪の毛も抜け落ち、やつれ果てたお母さんがDくんを抱っこして保育園に帰っていらっしゃいました。

中島先生1

おかえりなさい、お母さん、よく頑張ったね。Dくんも、パパもママも。」

お母さんと二人で、Dくんを 真ん中にして思い切り泣き続けました。そのときのDくんは私のことなど忘れてしまったかのような顔をしていました。

でも、Dくんがそんな 風になっても、お友達はいままでと同じように、Dくんに接してくれました。Dくんのお着替えだって、ご飯だって、お昼寝だって、みんなの仕事でした。

あ る日、Dくんがお昼寝から目覚めて、なんだかご機嫌です。
と、そのときでした。
「・・・くぁん・・たん・・えった・・・ん」
「え えええ!!!なに???なんて言ったの?? Dくん!!」

それから少しずつ、意味のある言葉を発していきました。クラスのお友達の一生懸 命声かけしたり歌を歌ってくれたりという刺激が、Dくんのリハビリになっていたのです。

子どもたちやお母さんたちとともに生きるって素晴 らしい仕事です。みなさんも21世紀をになう子どもたちと、楽しい未来をつくってみてはどうでしょう。応援しています!


講師紹介中島先生

中島悦子

・保育士・幼稚園教諭

「子どもたちは先生を選べないんだから、子どもたちの一番大事な時期に関わらせてもらって いるという気持ちを忘れないで」

東京福祉専門学校

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