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佐藤先生H1

私がFさんの担当をさせていただいたとき、私は作業療法士になって2年目に入ったころでした。Fさんは台所で倒れているところをご家族が発見し、救急病院に入院されました。当時、私が働いていた病院に転院されてきたのは、倒れられてから3ヶ月ばかりが過ぎたころです。診断名は脳卒中・・・言語障害と右半身に重度の運動麻痺・感覚障害が残りました。2年目を迎えた頃の私はまだまだ経験にも乏しくて、作業療法士としてFさんにどのようなサポートが出来るかを悩んだことを覚えています。

佐藤先生1

Fさんは運動麻痺の影響で、身の回りのほとんどのことを看護師の援助を必要としていました。
言語障害の影響で自分からは話すことが出来ず、人に言われていることも理解が曖昧です。
文字を左手で書くことも難しく、自分の名前くらいがやっと書ける程度でした。

Fさんはご自宅では主婦だった方。まだお若くて、年齢は50代でした。
世間での50代の女性は主婦として家の中を切り盛りしたり、仕事したり、趣味を楽しんだり・・・
Fさんは病気を境に、そういう生活とは切り離された状況に陥ってしまいました。

でもFさんはリハビリにはとても前向きで努力家でした。
障害が重度なので、
病前と同じような生活は難しくても介護量が重いと家族で一緒に暮らすことは難しい、
というのがご家族の意向でした。

そこで、Fさんのリハビリはご自宅に戻る為に介護量を減らして、
身の回りのことを自分で出来ることを増やす、という方向で決められました。

佐藤先生2

Fさんは身体機能を高めるリハビリや、実際に身の回りのことを自分で行う練習、字を書く練習など、様々なことを行いました。

体は思うように動かないし、言葉だって十分に話せない・・・
でもFさんはいつも笑顔でした。

半年が過ぎた頃、手足の麻痺は残ったままですが、体自体はずいぶんしっかりしてきました。
言葉は話せないけれど、うなづいたり首を振ったりなどで、
スタッフとはコミュニケーションが随分スムーズに取れるようになりました。

そして季節が春になり、暖かくなった頃、無事にご自宅に退院されました。

当時の私は、Fさんにきちんとしたサポートができたかな?と思うこともあります。

作業療法士になって10数年経った今感じることは、
患者様に関わることで、日々、作業療法士として成長させていただいているということです。

すばらしい仕事だと感じています。


講師紹介佐藤先生

佐藤正美

・作業療法士

東京福祉専門学校

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