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 M子さんは当時、40歳。いつものように2人の娘を幼稚園に送り出し、子ども達の洋服を買うためにデパートに行きました。
ところが「頭が痛い」と言ったM子さんはそのまま意識を失い、病院に運ばれたのです。脳内出血でした。命は助かりましたが、自力呼吸ができず、のどに穴をあけ呼吸をしています。呼びかけには全く応えません。
子ども達は、病院でのM子さんを見てビックリしました。「いつものお母さんはどこに行ったの。お母さんはいつ私の名前を呼んでくれるの?」
医師から「意識が戻ることは無いでしょう」と告げられたM子さんのお母さんは決断しました。「家に連れて帰ろう。家で孫たちの母親として過ごさせてあげたい」と。

私が初めて訪問したのは、退院の当日でした。「今日からお世話させていただきます。よろしくお願いします。」ベッドで休んでいるM子さんの硬く冷たい手を取って挨拶すると、そばで見ていた下の女の子が言いました。「お母さんは、返事しないよ。ショクブツジョウタイ(植物状態)だもん。」
「だいじょうぶ、聞こえているよ。お家に帰ってきたんだから、いつものようにお母さんに話しかけてあげてね。そうだ、お帰りのご挨拶をしよう。」 「ダメだよ、うるさくするとお母さんの体に悪いって叱られちゃうよ。それにお母さんの手、冷たいもん。」 「じゃ、お母さんの手を温めてあげようね。一緒にやろうか。」 寝たままでも「手浴」という手を洗う方法があります。下の子と一緒に手浴を行い、顔を拭きました。
絶えず話しかける私の姿に、下の子も安心して話しかけます。遠くで見ていた上の子が、そんな妹の姿に「私もしていい?」と近寄ってきました。「毎朝、お母さんの顔もこうやって拭いてあげてね。今までお母さんにしてもらったことを、今度はしてあげようよ。きっとお母さん喜ぶよ。」明るく言ったものの、不安も残りました。でも大丈夫、想いが伝わる日がきっと来る。M子さんには力がまだまだあるはずです。なにしろ、この子ども達の「お母さん」なのだから。

白井先生

訪問を重ねるたびに、なんとなくM子さんは子ども達の声に反応するように感じました。「ただいま!」という声に、大きな瞳が少し動きます。そんなようすを子ども達に伝えると、「本当、お母さん聞こえるんだね!」と大喜び。徐々に、M子さんは子ども達にも私にも、言葉にならない言葉で語りかけてきました。1年を過ぎた頃から、手を握ると、それまで硬かった手が開きます。大きな瞳は声のする方に動きます。医学的には反応であって感情ではないと言われるかもしれませんが、そんな事はありません。M子さんには伝わっているんです。私たちの気持ちが。今もM子さんは話すことはできませんが、子ども達のお母さんとして生活しています。

その後、訪問を引き継いだ方から、近所の動物園に車イスで行ったという嬉しいお話も聞けました。介護福祉士は介護行為だけをする仕事ではありません。その方の持てる力をみつけて生活を援助する仕事です。M子さんのような重い障害をもった方との関わりでは、時間はかかりますが「必ず伝わる」という強い気持ちが、その方やご家族をも動かすのだと、私も改めて教えられました。


講師紹介白井先生

白井孝子

・看護師
・介護支援専門員(ケアマネジャー)

看護師として働く中で、退院後の生活支援の大切さを痛感し、福祉分野を学ぶ。訪問看護師の仕事を経て、東京福祉専門学校の講師に。利用者様を中心とした介護と医療の連携の重要性を痛感している。生死を身近に感じてきたからこそ、「今を大切にするという姿勢が、仕事にもまた自分の生き方にも大切だ」という。介護福祉士教育21年にわたる豊富な経験から福祉の本質に迫る話が、学生の心を捉えている。

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