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コラム

社会に貢献する仕事~震災地での卒業生の活躍~

人の役に立つ仕事がしたい!

そんな想いから、福祉の仕事に興味を持つひとは少なくありません。

でも…どうすればいいのか…自分には何ができるのか…。

困っている人がいる時、専門的な知識と技術をもって、手を差し伸べることができる仕事があります。

社会福祉士・精神保健福祉士は、いわゆるソーシャルワーカーと言われる対人援助職の国家資格です。人々が、社会が、多種多様な問題を抱える現代の日本において、ますます必要とされる資格です。

いまから約一年前の2016年4月14日、熊本県に起きた震災は、まだ記憶に新しいところです。熊本地震の発生時には、日本各地からボランティアが集まりました。テレビのニュースを聞いて「自分にも何かできないだろうか?」と考えた方も少なくないでしょう。

東京福祉専門学校の卒業生、社会福祉士の峯村里美さんは、専門職としてこの震災の被災者支援にあたりました。当時の様子をお話していただきました。

専門学校への入学=転職

東京福祉専門学校入学前は家電メーカーのショウルームにて企業理念や商品説明をするアテンダントとしてビジネスや一般の来場者への案内業務に従事していました。日々多くの人への接客を通じ「人が好き」であることを再認識し、人の生活により深い部分で関わる仕事をしたいと考え、兼ねてより興味のあった福祉の道に進むことを決めました。

平成27年社会福祉士の資格を取得、卒業後は東京都北区の社会福祉協議会に勤務しました。

社会福祉協議会とは

昭和26年(1951年)に制定された社会福祉事業法(現在の「社会福祉法」)に基づき設置されている、民間の社会福祉活動を推進することを目的とした営利を目的としない民間組織です。

地域住民による有償家事援助サービスの提供や、判断能力が低下した方への日常生活援助、車いすの貸し出し、ひとり親世帯対象の交流イベントなど多種多様で、 各市区町村でそれぞれの地域のニーズに合った事業を展開しています。共通点は「地域」の力で運営しているという点です。住民の方々と協働して、地域の中の 様々な困りごとに対応していくことが、社会福祉協議会の大切な役割です。公共性の高い民間団体である社会福祉協議会であるからこそ、行政の力だけではこぼれ落ちてしまうような、制度と制度の狭間の課題に対してアプローチをし、解決することを目指しています。

社会福祉協議会での峯村さんのお仕事は

生活福祉資金貸付の相談業務に従事しています。

(※生活福祉資金とは低所得者や高齢者、障がい者の生活を経済的に支えるとともに、その在宅福祉及び社会参加の促進を図ることを目的とした貸付制度です。都道府県社会福祉協議会を実施主体として、市区町村社会福祉協議会が窓口となって実施しています。)

熊本に派遣が決まった経緯は?

今回の応援派遣では、全国社会福祉協議会が窓口となり、各都道府県の社会福祉協議会職員42名が熊本市・宇土市・阿蘇市・南阿蘇市・西原村等、計10地区で支援活動を行いました。

東京都からは市区町村社会福祉協議会の生活福祉資金業務を担当している職員の中から希望を募り、東京都社会福祉協議会より選考された3名が派遣されました。 既に第1クール、第2クールで九州・四国・中国地方の社会福祉協議会職員が現地入りしており、東京都を含む関東地方のほか、北海道・東北地方は第3クール 目で現地入りをし、第4クール目では関西地方にバトンをつなぎました。

被災地での仕事は?

平成28年5月15日(日)から21日(土)まで熊本地震により被災された方々への「緊急小口資金特例貸付」業務支援で、熊本県に派遣されました。

「緊急小口資金特例貸付」は、熊本地震被災世帯に対する、当面の生活費をまかなうための貸付制度で、熊本県内の12地区のエリアに分かれ、震災により当面の生活費が不足している世帯に対し、資金の貸付業務に携わりました。臨時の貸付窓口が特設され、相談者数は地域差もありましたが、テレビのテロップ、市町村・社協HP、町内のスピーカー放送等でこの制度を知った方たちの列ができていました。

貸付を希望する方々からは、地震により仕事場を失ったための生活費や、家具・家電製品の修理や買い替え、自宅の屋根や外壁の修繕などさまざまな相談がありました。

被災地の様子や印象的だった事

熊本県の街中は屋根の上にブルーシートがかけられた家屋や、大量の家具・家電製品が粗大ゴミとして出されている光景が見られ、特に被害が大きかった益城町では全壊している家が多く、ニュースで見る以上に震災の生々しさを目のあたりにしました。

私が派遣された社会福祉協議会の建物は避難所にも指定されており、特設された貸付の窓口のそばでは被災者の方々が避難生活を送られていました。

貸付を希望する相談者や避難所の方と1週間ふれあう中で、この1ヶ月間がどれほど辛く長い時間であったかをみなさまの言葉や表情から感じとることができました。

避難所が多くの方によって支えられていたことも印象的でした。医師、歯科衛生士、保健師、看護師、理学療法士、精神福祉士などたくさんの職業の方が私たち社会福祉協議会の職員と同じように全国でネットワークを組みながらバトンをつなぎ、多くの都道府県から派遣されていました。

また、広島出身の方で広島市の土砂災害では全国の方たちに支援して頂いたので恩返ししたいという思いから、各避難所を回り、被災された方、ボランティア・職員にコーヒーを提供されている方たちもいました。そして、福島県から「東日本大震災では募金をありがとう、今度は私たちが力になりたい」というメッセージと共にお花が飾られていました。

今回の災害派遣を通じ、社会福祉士として感じたことは

災害はいつどこで起こるかわかりません。防災対策をしていても想定外の被害やニーズが生まれ、現場では必要な支援が迅速に十分できないこともあると思います。

前述したように被災地では全国から支援の輪が広がっています。

被災地支援は一個人・一団体で継続するには限界があるため、ネットワーク構築に尽力し、つながれたバトンは責任をもって次につなぐことが大切であると学びました。被災地では物質的支援だけではなく、精神的な部分の支援を必要としている方もいらっしゃいます。そのため、相談業務を主とする社会福祉士は、被災地の方たちの声に耳を傾け真摯に寄り添うことで、孤立や不安から解放され安心していただけるよう努める必要があると感じました。貴重な経験を通じ現地で出会った方たちへの思いを大事にしながら、今後の業務に活かしていきたいと思います。

これからソーシャルワーカーを目指す方へメッセージ

「誰かのお役に立ちたい」、東京福祉専門学校のHPをご覧になっているみなさんであれば一度は考えたことがあるのではないのでしょうか。

福祉の世界は幅広く、同じ『ソーシャルワーカー』の資格でも、働く現場が違えば職種が異なるほど、業務は多種多様です。

元より福祉の世界にいた方も、福祉以外の分野で仕事・活動されていた方も、福祉の世界では今まで生きてきたことを何らかの形で活かすことができると思います。

例えば、過去にいじめにあったかたであればいじめにあった方の気持ちに寄り添うことができるでしょう。

前職で福祉とは違う仕事をしていた方は、社会で労働することの大変さや、お金を稼ぐことの苦労を相談者やそのご家族の方と共感することができると思います。

また進学・結婚・子育て・介護・死別等を経験されている方は、人生の節目で悩み立ち止まる方たちの気持ちに向き合うことができるでしょう。

一見、福祉に関係のないと思われるどんな経験も、無駄になる経験は何もなくあなたの経験談から救われる方がこの先にきっと現れると思います。

相談者に様々な境遇の方がいらっしゃるように、様々な人生経験を持つソーシャルワーカーが、チームの一員として現場に入ることで、一人ひとりの人権を守る大切な役割を果たすことができると思います。

迷っている方、今からでは遅いかもしれないと悩んでいる方も、一緒に「ソーシャルワーカー」として現場で働きませんか?国家試験は簡単ではありませんが、乗り越えた先にやりがいのある仕事が待っています。

私もまだこの世界に入ったばかりなので、学びながら成長していけたらと思います。

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この記事を書いた人

小島 修 先生

大学卒業後、社会福祉士を取得し、高齢者福祉施設の相談員として5年間働いた後、社会福祉士を目指す学生の支援をしている。 現在FUREAI事業所で相談員として活躍している。
座右の銘
人生いつも勉強

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