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コラム

「パラリンピックと障がい者スポーツ」

2020年にオリンピックが東京で開催されます。そして障がい者スポーツの祭典であるパラリンピックもオリンピックと同じ会場を使って開催されます。注目度や認知度はオリンピックに比べるとまだまだ・・・という感じかも知れませんが、前回のリオデジャネイロ・パラリンピック大会あたりから少しずつテレビなどマスコミで取りあげられるようになっています。私も今年度の社会福祉士・精神保健福祉士科の「障害者に対する支援と障害者自立制度」の授業で取り上げましたが、ここではその内容の一部をアレンジしてパラリンピックと障がい者スポーツについて紹介します。

国際的な障害者のスポーツ大会は、1924年に設立された国際ろう者スポーツ連盟(CISS)が、同年にパリで開催した第1回国際ろう者スポーツ競技大会が初めてです。「ろう者」というのは聴覚障がい者のことで、現在この国際大会は「デフリンピック」と呼ばれています。その後、第2次世界大戦で負傷し脊髄損傷(半身不随)になった兵士たちの治療と社会復帰を目的として設立したストーク・マンデビル病院がロンドンで設立されましたが、そこのグットマン医師が1948年に病院内で実施した車椅子患者によるアーチェリー大会が現在のパラリンピックの原点と言われています。この大会は1952年にはオランダの参加を得て第1回国際ストーク・マンデビル大会となり、1960年にはオリンピックの開催されたローマで国際ストーク・マンデビル大会が開催されました(23か国・400名が参加)。このローマ大会が国際パラリンピック(IPC)設立後に第1回パラリンピックと位置づけられました。また、1976年には切断者による冬季大会がスウェーデンのエンシェルツヴィークで開催され、IPC設立後、第1回冬季パラリンピックと位置づけられました。その後は現在に至るまで夏季・冬季それぞれのオリンピックの開催に合わせてパラリンピックも開催されています。

なお、パラリンピック(Paralympics)の語源について、当初はParaplegic Olympic(半身不随の対麻痺者のオリンピック)とされていましたが、その後、参加対象の障がい者が多種多様になったこともあり、現在はパラ=Parallel(沿う、並行、もうひとつの)+Olympics(オリンピックス)と解釈されています。

あと、世間的にはあまり知られていないかも知れませんが、主に知的な発達の遅れがある人(知的障がい者)に対する国際的な競技大会としてスペシャルオリンピックス(SO)というのがあります。1962年、故ケネディ大統領の妹ユニス・シュライバーは、知的障害のある子供達を集めて、アメリカのメリーランド州でデイキャンプを行いました。このデイキャンプが、スペシャルオリンピックスの始まりとされています。その後、ケネディ財団を中心にこのデイキャンプの取組みが広がり、1968年、シカゴで第1回スペシャルオリンピックス国際大会が開催されました。日本でも1980年以降、日本スペシャルオリンピック委員会の活動などにより、国内で様々な競技会が行われています。

「完全参加と平等」がテーマとして掲げられた1981年の国際障害者年以後、障害者の社会参加の機会の保障がうたわれるようになり、1993年に制定された障害者基本法では、その目的・理念に「社会、経済、文化その他あらゆる分野の活動への参加」の促進が掲げられました。そして現在ではパラリンピックやスペシャルオリンピックスに限らず、障がい者スポーツはいわゆる障がい者の社会参加の一つの形として大きな役割を果たしています。今ソーシャルワーカーとして障がい者への支援を行っている方もこれからソーシャルワーカーを目指している方も、障害者の社会生活をより充実させる視点から、障がい者スポーツも含めた社会参加のあり方について、目を配っていく必要があります。

※パラリンピックの歴史や語源については、公益財団法人日本障害者スポーツ協会が運営する「日本パラリンピック委員会」や「スペシャルオリンピックス日本」のホームページなどを参照して作成しました。

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この記事を書いた人

田原 雄二 先生

公務員として働いていたが、社会福祉士の資格を取得し、障がい者相談支援の仕事に従事。 キャリアを活かし相談支援センターFUREAIの相談員として働きながら東京福祉専門学校社会福祉士科の授業も兼務。
座右の銘
自己を信じて他人を信ずる

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