コラム

作業療法士と音楽の関係〜サルサガムテープのギタリストとして

自分の人生経験すべてが作業療法に活きる!

もし、あなたが人生で経験したことすべてが誰かの支えになるような仕事があるとしたら興味がありますか?
私はよくオープンキャンパス参加者や在校生に「あなたの経験がすべて作業療法になります」と話をしています。なぜならば作業療法士自身が一人の人間として対象者に寄り添い、リハビリという手段で共に未来のストーリーを創る仕事だからです。自分の成功体験や失敗体験はもちろん、当たり前のようにある日常や生まれ育った地域の文化まで、あなたの経験すべてが対象者の支援に役立つ可能性があるのです。私自身も様々な人生経験が作業療法士になってから回収されることがよくあります。今回はその例として、ギタリストになりたいという過去の夢が20年の時を経て作業療法士の仕事と重なったお話をさせて頂きます。

ギタリストを夢見た少年時代から作業療法士への転身

私は中学2年生からギターを始めて、高校卒業後はギタリストを夢みて専門学校へ進学をしました。当時はプロになりたくて毎日練習していたことを覚えています。しかし、将来を案じて20歳前半には諦め、資格を取得して働くことにしました。ダウン症(知的障害)の弟がいたため前から作業療法士という仕事は知っており、ギターが何かしらのリハビリに活かせるのではないかと思い、東京福祉専門学校に入学をしました。3年後に卒業して都内のリハビリテーション病院に就職をしましたが、その時はギターのことは忘れて患者様の診療に没頭する毎日を送り、2015年に教員として母校に帰ってきました。学生時代を含めて15年くらいはまともにギターを弾くことはありませんでした。

ギターの再開、バンドとの出会い

2020年から始まった新型コロナウイルスによる“おうち時間のおかげ”で私は再びギターを手にします。15年のブランクは大きかったですが、毎日弾いているうちに少しずつ感覚が戻ってきました。
「withコロナ」で感染に注意しながら世間が日常を少しずつ取り戻し始めた2023年に当学園の入学式にプレゼンテーターとしてサルサガムテープというバンドをお招きしました。1994年にNHKのうたのお兄さんであったかしわ哲氏が知的障がいを持つ方々と結成したロックロールバンドです。かしわ氏のボーカルギターに合わせて知的障がいのメンバーがポリバケツにガムテープを張った自作太鼓でリズムを刻むという演奏で、現在は元ブルーハーツのドラマー梶原徹也氏、福祉施設で働くミュージシャンが加わって全国でライブをしています。普段は障がいがあるメンバーはかしわ氏が理事長を務める施設に通う利用者さんで、ミュージシャンたちは施設の職員という関係です。私は入学式当日に身の周りのお手伝いという役割でメンバーと一日ご一緒することになりました。楽屋は施設職員とか利用者という立場の違いを感じることはなく、互いにじゃれあったり、寝転んだり、「衣装がカッコイイだろ?」と見せ合ったり、自由で干渉することがない平和な空間でした。長い間、医療スタッフと患者様という異なる立場が当たり前の世界で働いていた私には暖かくもあり違和感でもありました。「同じ人間同士なんだからこれが当たり前だよな。でも普通じゃないよな。」などと自問自答している間にステージ本番が始まりました。綺麗な衣装に身をまとい、ステージで魅力的な演奏する姿は先ほどの平和な楽屋から一転、圧巻のパフォーマンスでした。話が少し変わりますが、そのころの私は作業療法の「作業」について考えることが増えていました。これまで手足の運動改善や動作の再獲得など主に機能回復訓練に特化したリハビリをしてきましたが、ひとが作業をする意味や価値といった本質的なところにひとの生きがいや輝きがあるのではないかと思うようになったからです。まさにサルサガムテープは音楽という作業で生き生きと輝き、ロックロールの下で平等に生きている姿を見せてくれました。ロックミュージックという作業の力でひとつの共生社会が存在していることに強い衝撃を受け、気づいたらバンドリーダーのかしわさんに「荷物運びでも何でもするのでボランティアさせて下さい!」とお願いをしていました。

ボランティアスタッフからバンドメンバーへ

それからプライベートでバンドのボランティアへ行くようになりました。ライブ会場への荷物運搬や障がいのある方の補助、舞台作りと撤収作業など、裏方の仕事をさせて頂きました。ある日かしわさんから音楽スタジオに誘われて一緒に行くことになりました。事前にサルサガムテープの曲を聴いて「こんな感じかな?」と少しフレーズを変えたり加えたりして予習をしましたがひとりで弾くのとは訳が違い、バンドになると全くなじみませんでした。素人が余計なことをするなという話ですが、テクニック云々ということではなく、「空気が読めていない」という感じでした。かしわさんから「曲のコード進行や歌詞から作った人が何をイメージしているのかを想像すると良いよ。」とアドバイスをもらいました。その一言を聞いて、リハビリをするときに患者さんの表情、服装、話す言葉や雰囲気から相手の心境に合わせて対応をするのと同じだと思いました。また、「技術をエンタメ化するのがプロなんだよ。」という話をされ、プロミュージシャンの真髄に触れたような気がしました。時折、かしわさんが「泉くんのデビューは10月のライブかなぁ」とおっしゃるようになり、私は半信半疑で聞いていましたが、本当に10月のライブに出演することになりました。そしてライブ終了後に「おめでとう、これからもよろしく。」と声をかけられた瞬間にステージ上でとめどなく涙が溢れました。なぜ私をメンバーに迎えて頂けたのか理由は分かりません。しかしこれまでの私の人生を振り返ると意味のある巡り合わせとしか思えませんでした。きっとギタリストを目指していた20代や医療の中でバリバリ仕事をしていた時に出会っていてもこうはなっていなかったと思うからです。

ミュージシャンとして、作業療法士として

2024年のサルサガムテープ30周年ツアーから本格的に参加し、全国各地20本のライブを行いました。サルサガムテープの明るいメンバーと馴染みやすい曲調にお客さんも
楽しく盛り上がってくれています。また、メンバー自身が何より輝いていました。作業療法の目的は「ひとの大切な作業を取り戻すこと」とされていますが、彼らと一緒にいて
「ひとは自己表現のために作業をしているのではないか」と考えるようになりました。例えば朝起きて歯をみがく、顔を洗う、トイレに行くといった作業を自分で選んで、やりた
いように行うことはすでに自己表現だと思うのです。そう考えるとひとの日常は自己表現に満ちており、それを自由に選択できることは、自分は自分であるという尊厳ではないで
しょうか。
サルサガムテープのギタリストであること以外に、作業療法士としてこのバンドに所属している意味を果たしたいという使命感を強く持っています。少しずつですが現場で培った機能回復の技術を活かして太鼓が叩きやすくなるように車いすを調整したり、転倒が増えたメンバーの歩行分析をしてアドバイスしたりしています。そしてメンバーからは「ひとが作業をする意味」を学び、作業療法士として研鑽もさせて頂いています。また、学校教育にも繋げたいと思い、学生さんたちにライブサポートをしてもらったり、メンバーのエピソードを題材に授業で症例検討をさせて頂いたりしています。
さて、いかがだったでしょうか?人生何がどう繋がるかなんて本当に分からないですね。作業療法士をしていると無駄なことなんて一つもないとつくづく思います。情熱を
傾けたあの日々も、興味がなくて手を抜いたことも、思い悩んだ出来事も、意識していない自分の日常も、現場では対象者を理解する力になります。あなたも自分の人生経験を
作業療法に活かしてみませんか?

 

東京福祉専門学校の作業療法士科はこちら

サルサガムテープのライブの様子はこちら
https://youtu.be/Nn7Mk_WUaC4

関連学科

作業療法士科 4年制【高度専門士】

高校卒業以上

国家資格:作業療法士、幼稚園教諭

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