高齢者への治療場面から考える作業療法士の専門性「意味のある“やりたい”作業」
みなさんは、「作業療法」と聞いて、どんな仕事かイメージできますか?
作業療法とは、生活の中で行われている“作業”を治療手段として用い、小児から高齢者にわたり、心理的・社会的・知的・身体的・職業的・環境的諸問題に対処していく役割を担っています。
これらの幅広い側面に共通する治療訓練の目標は、その人が置かれた環境と条件の中で、本人が現状持っている能力や回復能力、代償能力などを使って、本人が満足し、社会生活への復帰や適応できるように広く働きかけることです。
具体的に作業療法士として働くことがイメージできるように、今回は通所介護(デイサービス)で作業療法士(OT)が“作業”を通じて関わった高齢者の事例を紹介したいと思います。
事例1:好きな囲碁を通して、新たなスキルを獲得して意欲を向上させる
腎疾患や糖尿病等で体力が低下しがちの男性(Aさん)は、まず来所を通じて運動の習慣化を目指し、筋力トレーニングで体力向上をはかりました。
Aさんは、以前からIT機器に興味があったが、触れることができていませんでした。
そこで趣味の囲碁を作業療法士と共にパソコンを使いながらやってみることにしました。
作業療法士がAさんにパソコンを教え、Aさんは作業療法士に囲碁を教えることに。これによって、Aさんは“人に教える”ことで社会的な関わりが拡がりました。
また、新たな道具(パソコン)で囲碁が出来るようになるというスキルを獲得できたことが自信に繋がり、今では孫や家族と、携帯電話メール操作まで使いこなすようになりました。
写真1:PC操作を囲碁を通して使いこなし、ITスキルを高めたAさん
事例2:好きな音楽を通して、自信やリーダーシップを取り戻す
妻を亡くしてから自宅で閉じこもりがちであった男性(Bさん)は、元々ハーモニカ演奏などを趣味としていました。
そこで、職場でリコーダーを趣味とする看護師とギターをたしなむ作業療法士といった、音楽に共通する3人で演奏会を行うことを提案して計画を練りました。
演奏する曲は、利用者の馴染みの深い唱歌や童謡、流行歌を一緒に考え、Bさんの来所利用日ごと定期的に練習を重ね、ついに利用者、職員を前にして演奏会を開催しました(写真2参照)。
聞いてくれた利用者も聞き覚えのある曲ばかりで、皆で口ずさみ、大好評でした。
この成功体験を得てから、その後も定期的に演奏会を行い続け、現在は看護師やOTの伴奏サポートなしでも、演奏会をBさん単独で開催できるリーダーシップを発揮するようになりました。
写真2:(左からリコーダー担当の看護師・ハーモニカ担当のBさん・ギター担当のOT)演奏会という活動を通じて、自分らしさを表現する機会を得たBさん
事例3:台所仕事という役割を創出することで、認知症の症状を落ち着かせる
認知症の症状は、脳の萎縮などによる脳疾患から、記憶や見当識(現在の年月や時刻、自分がどこにいるかなど基本的な状況を把握すること)などの認知機能障害、買い物や金銭管理ができないなどの生活機能障害が全体像であり、これに加えて身体疾患や行動・心理症状(BPSD)が表出することで症状憎悪を招く可能性が高まります。
これらの点について、長期記憶の一種で、時間をかけて体得した、いわゆる「身体で覚えた記憶」でもある“手続き記憶”をキーワードにアプローチした例を紹介します。
認知症診断の女性(Cさん)は、普段から徘徊がちでデイサービスの来所中も同様でした。
しかし主婦業を長年勤めたCさんに、“昔取った杵柄”である、簡単な配膳下膳や食器拭きといった台所仕事を来所中定時に行う役割を創出したところ、その人のもともと習慣化していた“作業”を引き出し、生活の中で規則的にプログラム化することで、認知症の進行を緩和し生活リズムを整えるきっかけとなり、以前に比べ症状が落ち着いて過ごされています(写真3参照)。
写真3:手続き記憶により、布巾を渡すことで自ら食器拭きを行うCさん
治療者という前に対象者とともに考える
この3つの例から、趣味や家事などの好きな作業や生活行為を継続することで、元気が出ることや健康でいられるための、実践できる場を整備していくことが大切であることが分かります。
また作業療法士が心掛けていることとして、対象者を前に、その人の“やりたい”作業をどう引き出し、生活の中で生きがいを見出し、充足へつなげるため、まず治療者という以前に、対象者と共に考えるという意識を肝に銘じています。
それは治療的な活動を実施しなくてはいけないと意識下におくと、かえって相手との距離を隔てることになってしまいがちだからです。その人の病気や障害の部分だけではなく、できる事に注目し、様々な作業を通じてその人の力を最大限に引き出します。
こうして、その人らしい生活が送れるよう支援することが作業療法の成せる力動であると言えるでしょう。
人は「意味のある“やりたい”作業」を毎日の中で続け、その作業の結果から、満足感や充実感を得ています。
このためのお手伝いを私達作業療法士はこれからもあらゆる場面で寄り添っていければと考えます。