心のリハビリも作業療法士の仕事
作業療法士ってどんな仕事?ときかれたら、あなたはなんと答えますか?一般的には、けがをした人のリハビリをする仕事、手のリハビリをする仕事、料理や洗濯の練習をする仕事、といった返答が多いように思います。そもそも、作業療法士ってなに?知らない。という人も少なくないかもしれません。
しかし、こんなに面白い仕事は他にないと、作業療法士のほとんどは思っているはずです。なぜなら、やればやるほど、この仕事の奥深さに気づくからです。今回は、そんな作業療法士の魅力のひとつを、「心のリハビリ」という側面からお話していきます。
■「心の病気」と「心のリハビリ」
心の病気について、何か知っていることはありますか?例えばうつ病なんかは、一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。うつ病は一般の認知度が9割を超えるといわれていますし、実際厚生労働省の発表では、15人に1人はうつ病を経験している、とされています。心の病気は、近年ますます身近な存在となっているといえるでしょう。
では、心の病気のリハビリをきくと、何を思い浮かべますか?なかなかイメージがわかない、という人が多いのではないでしょうか。しかし作業療法士は、からだのリハビリだけでなく、心のリハビリも行います。精神疾患を呈し、生活に困っている方に対し、薬だけでは回復しきれない日常生活や人との関わり、そしてその人らしさを、もう一度取り戻すお手伝いをします。それが、精神科領域の作業療法士です。
■「心のリハビリ」って、なあに?
では、心のリハビリとは、具体的にどのようなことをするのでしょうか。私は学校を卒業してから精神科病院に就職し、精神疾患を呈している入院患者さんに対してリハビリを行ってきました。
そこで実際に行っていたリハビリプログラムは、
- ぬりえ
- 映画鑑賞
- 革細工や編み物といったものづくり
- ストレッチ
- カラオケ
- お散歩
- お料理教室
- 卓球やバトミントンといった軽スポーツ
などです。どうでしょう?ただ患者さんと遊んでいるだけじゃないかと感じませんか?実際にレクリエーションのような内容のプログラムが多かったなと、私も思います。しかし、作業療法士が行うと、これらはレクではなく医療行為になるのです。
その理由として、作業療法士は①上記のようなアクティビティ、すなわち「作業」の効果を熟知していること②心理学的知識やコミュニケーションスキルに長けていることが挙げられるのではと私は考えます。
たとえば、ある心の病気には、他の人にはみえないものがみえたり(幻覚)、他の人にはきこえない声がきこえたり(幻覚)するようなものがあります。私が新人作業療法士の頃、1人の入院患者Oさんを担当しました。Oさんは、それらの症状に悩まされ、人前にでるのが怖い、と病室からほとんど出ないまま数か月を過ごしていました。一方Oさんは、今のままではいけない、変わりたい、退院したいという気持ちも持っていました。私は作業療法士としてOさんと話し、1つの作業療法プログラムを勧めました。それは、映画鑑賞です。
■「心のリハビリ」の実例
私が働いていた病院の映画鑑賞プログラムは、体育館のような広い場所で、毎週異なる映画を50人ほどで鑑賞する、というようなものでした。特に変わった映画をみるわけではありません。では、それがOさんにとって、いったいどんな効果となるのでしょうか?
数か月病室にこもっていたOさんにとっては、まずは病室からでる、ということが大きな変化になります。そして、50人ほどの他の患者さんがいる場で過ごす、ということは、他者との社会的な関わりに繋がる第一歩となるのです。ただ、Oさんにとってこのプログラムへの参加は簡単なものではありません。そのため、私はOさんとこんな約束をしました。
「Oさんには一番端っこの席を用意します。そうしたら、他の人にはきこえない声がきこえ始めても、後ろの人が何か喋っている、と感じることが減りませんか?」
「また、映画は90分ありますが、最初は15分でも大丈夫です。辛くなったら無理をせず部屋から出て大丈夫ですよ。」
「映画を通して、病室からでる習慣をつけてみましょう。また、他者と同じ空間にいることに慣れる練習をしましょう」
Oさんにとっての映画鑑賞プログラムの目的は、たんに映画をみて楽しむことではありません。Oさんの症状やそれによる現状への不安に寄り添いながら、映画鑑賞を今後の社会復帰に繋げるためのステップとして活用しアプローチを行いました。
その後、Oさんは徐々に、15分から30分、60分と、プログラムに参加できる時間が伸びていきました。また座席も、端っこから集団のどんな席でも落ち着いて座って過ごせるようになっていきました。
■「できた!」が心を変える
心の病気を経験した方のなかには、自信を失っていることが少なくありません。「自分なんて何もできない」「みんなに迷惑をかけてしまった・・・」。そんな気持ちで、社会から一歩引いてしまう方もいます。
精神科作業療法士は、その第一歩を一緒に探します。「これならできそう」と思えることから始めて、小さな成功体験を積み重ねていくお手伝いをします。「できた!」という瞬間が増えるたびに、患者さんの表情は、行動は、少しずつ変わっていきます。
実際にOさんも、作業療法に参加し続けることで、自信がつき、映画鑑賞という比較的受身なプログラムを経ることで、卓球や料理という主体的な動きが必要なプログラムにも参加できるようになりました。
Oさんが料理プログラムに慣れた時に、「それでは今度は肉じゃがの材料を買いに、病院横のスーパーに買い出しに行きませんか」と声をかけたことがあります。自身にできることが増えてきていたOさんは、「行ってみよう」とすぐに返事をしてくれました。この買い出しが、Oさんにとっておよそ1年半ぶりの、病院外への外出でした。Oさんとの普段の何気ない関わりから、心に寄り添い、感情の変化を推測し、今ここだ!というタイミングで背中を後押しできる一言をかけたかたちです。もちろんOさん自身の日々の努力が実を結んだ結果でもあるのですが、自身の関わりが上手くいったな、と手ごたえを得た時の感動はひとしおでした。
■「心のリハビリ」に必要なスキルと魅力
このように、作業の特性を活かしながら、対象者の心や行動に働きかけ、その人らしさを取り戻すお手伝いをするのが精神科作業療法士の仕事の1つです。また、そのためには作業を理解するだけでなく、その人自身を理解できるよう努めることも重要です。たとえば、からだの病気であれば、視覚的にわかりやすいという特徴があるでしょう。手を切ったら傷がみえますし、骨折したらレントゲンでその様子を確認できます。しかし、心の病気は、今対象者がどのくらいの傷を負っているのか、どのくらい治ってきているのか、それらが一切目にみえません。そのため、対象者の何気ない仕草、言葉、表情などから相手の心や症状を理解するという観察スキルが必要になります。また、そういった相手の状態にあわせ、声掛けや、態度や、接し方を考える、というコミュニケーションスキルも重要です。
よって、精神科作業療法士は、作業への知識だけでなく、疾患の知識、心理学、コミュニケーションスキルなどをしっかりと学び、臨床に役立てていきます。
対象者との話を通してアプローチするのであれば、カウンセラーさんがいます。心理検査を通して対象者を理解するのであれば、臨床心理士さんがいます。精神科作業療法士は、対象者と一緒に作業を行いながら、その方と話し、理解し、寄り添い、アプローチしていきます。
■さいごに
さて、今回は心のリハビリについて紹介させていただきました。いかがでしたでしょうか?今回のお話はほんの一端で、お伝えしたいことはまだまだたくさんあります。
東京福祉専門学校の作業療法士科では、座学だけでなく「体験」を大切にした授業を行っています。相手の心への寄り添い方、面談の仕方などをクラスメイトとペアになって体験したり、実際に対象者の方に来校いただいたり、学外授業で精神科の資料館まで外出したりと、目に見えない分かりにくい「心」に対して、実際に体験しながら学べるカリキュラムを取り入れています。また講師の先生も、臨床経験を積んだ学校教員の他、現場でリアルタイムに働いている外部講師、カウンセラーの先生ととても充実しています。心のリハビリに少しでも興味を持った!という方がいらっしゃれば、オープンキャンパスで授業を体感しに来てください。